【 raise 】育てる-5-

前のお話   

 植えつけた鉢を眺めながら、気が付くと時計は12時を周っていました。

芽を出すのは明け方になるとのことでしたから、まだまだ時間があります。

他にすることが亡くなった私は、

書斎と寝室をつなぐドアを開け放したまま、

鉢が見える位置でベッドの上に寝転びました。


 しかしすぐに、毛布を片手にベッドから降りました。

もしこのまま朝まで寝込んでしまったら、家政婦が朝食を運んできたとき、

開いたドアから書斎の中を見られてしまうじゃありませんか。

家政婦には、部屋の掃除のことだけでなく、

これから朝食は一階のダイニングで食べると伝えるべきだったのです。

実際は芽吹いたところを見られて困るようなことはないのですが、

あとあとのことを考えると、

やはりその存在を誰にも知られたくはないのでした。


 私は書斎に戻りドアにカギを掛けました。


私も伯爵のように秘密の地下室が欲しい……そんなことを考えながら

毛布を体に巻きつけて椅子に沈み込むと、

そのまま不自然な姿勢のまま眠りについたのでした。 

 
 朝、小鳥の声で目が覚めた私は、起き上がろうとして椅子からずり落ちそうになり、

一瞬自分に何が起こったのかわかりませんでした。

でもすぐに、つま先に当たった植木鉢の固い感触で、全てをはっきり思い出しました。

そのまま、いすから滑り落ちるようにして床に座り込んだ

私の目に飛び込んできたのは……

わずか1センチほどの鮮やかな黄緑色の新芽でした。

茶色い土を半分かぶったその初々しい姿に私は目を奪われました。

これが世にも珍しいドラセナの一種、「夢のしずく」か――。


 時計を見ると、そろそろ家政婦が朝食の支度をしに、

離れからやってくる時間です。

私は新芽のそばから離れ、寝間着のまま階段を下りていきました。

家政婦にはまた適当なウソを言って、

食事の時間は全て呼び鈴で知らせてもらうことにしました。




 夜は私と樹の、二人だけの時間です。

伯爵に言われた通りその夜から、寝る前に水をたっぷりとかけてやりました。

日中は何もせずにいいとのことでしたので、私の生活は今までどおり、

一見何の変化もないように周りのものたちには映ったことでしょう。

時には優しく声をかけたり、音楽を一緒に聞いたりしながら、

それはもう、まるでわが子のように可愛がりました。


 その後も伯爵の家への出入りは、それまでと変わらず続いていましたが、

お互いにそのことには触れず、まるで知らぬふりを通していました。

それも、あのときの誓約書に書かれていたことなのです。

【続く】
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【 raise 】育てる-4-

【前のお話   
 
「珍しい植物……ですか」

 私は思わず身を乗り出しました。私は植物の研究をしており、研究所のほかに

自宅の一部を改装した温室で、世界中の貴重な植物を栽培しているのです。 

伯爵はそのことを当然知っていて、だからわざわざこんな私に

話をもちかけてくれたのだと思いました。


「それは興味がわきますね。それでどのような花が咲くのですか」

 伯爵は目を閉じて、「ええ、それはもう、目も覚めるような素晴らしい花が……」

まるで夢見るような声で言ってから、真剣な眼差しを私に向けました。

その瞳に何か尋常ではない光が宿ったように見え、一瞬ドキッとしたのですが、

すぐに何時もの礼儀正しい表情を取り戻ました。


「後ほどお目にかけますよ。ですが先ほど申し上げたとおり、あなただから、

私としてもこうして特別にお話する気になったのです。

それと、もちろんタダで種を差し上げるという訳には参りません。

私もかつて、それ相応の代金を払って、ある外国の方からその貴重な種を譲り受けました」

「相応の代金、と仰いますと……」

 答えを聞く前に、既に私の頭の中では、運用していた資産の一部を

売る事を決めていました。

 
「いいですね、このことはくれぐれも、私たち二人だけの秘密ということで……」

 私は、承知していることを示すために黙ってうなずきました。

「私が育てているものをお見せいたしましょう。こちらへ」

 伯爵は部屋の一角を仕切っている金糸の縫い取りが美しいカーテンの前までくると、

紐を静かに引きました。

   
 そこはまた、小さなもう一つの部屋といったふうでした。

シックな長椅子とテーブルが壁際に寄せて横並びに置かれ、

小さな壁掛けの照明がひとつあるだけでしたが、

空間の真ん中には見事に葉の生い茂った、鉢植えがありました。

 幹は伯爵の身長よりいくらか低い程度で、その中間がやけに膨らんでいます。 

「種が取れるかどうかはまだ確実といえません。しかし順調にいけば、

おそらくクリスマス前には種が取れるでしょう」

 と嬉しそうに言いました。

 幹の中に実がなるとは、なんとも不思議な植物です。そんな話は、

いまだかつて聞いたことがありませんでした。

 私は秘密厳守と書かれた用紙にサインをしたあと、

夢見心地のまま家まで歩いて帰りました。

 

 このようにして私は、この素晴らしい植物の種を手に入れることになったのです。

 
【5へ】

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【 raise 】育てる‐3‐

【前のお話】 

 

 私の勘違いではないだろうか、やはりあれは他の人に送った

合図だったのかも知れない。その考えは一歩ごとに強まりました。

  もしかしたら、その誰かはもう既に屋敷の中にいて、

宝物を前にしながら、こんな私のことなどまるで頭の片隅にも

思い浮かぶことなく、貪欲な瞳を輝かせているのではないだろうか。

そして、仲間だと勘違いした1人のみすぼらしい学者がこの瞬間、

コソ泥の様に背中を丸めて
思い悩んでいるなどとは、

夢にも思っていないことだろう――。

その考えに至った私は、今すぐ回れ右をして誰にも見つからないうちに

走り去ってしまいたいという衝動に駆られました。

しかし、そうはしませんでした。

足取りはますます重く、鉛の靴を履いたようでした。



 落ち着き払った伯爵の灰色の眼を思い出すと、

急に彼が恨めしくなってきました。

しかしここまできて今さら引き返すのも口惜しいのです。

あの伯爵が内密に見せたがっているものが一体なんであるのか、

それを知らずに帰るのはあまりにも口惜しいと思うのでした。 



 
裏口のドアの前に立ちました。辺りに耳を済ませても、他に何の気配もありません。

もし私の勘違いだったらそのときは、忘れ物を取りに来たと言おうと決め、

勇気を奮い起こしてドアノブをにぎりました。

 思ったとおり鍵は掛かっておらず、そっと押すと

わずかにきしんだ音をさせて開き、そこに伯爵が立っていたのです。

「やあ。来ましたね」

私はもう少しで大声を出しそうなほど驚き、また同時に大きく安堵しました。


なぜなら、伯爵の声は落ち着いていたし、その顔には

言いたくてたまらない秘密を隠し持つ子供のような笑顔が

はっきり浮かんでいたからです。

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【 raise 】育てる-2-

 

 満月が南の空高くなったところで植えつけるようにとの

言いつけは、これで守れました。

「植え付けのタイミングさえはずさなければ、後はそう難しくはありません」

 伯爵の声がよみがえりました。

私は一息つきたくなって戸棚からブランデーを取り出し、一口飲むと

ほっと安堵のため息が出ました。

 目の前の鉢は、今はまだ水を含んだ土の黒い色しか見えませんが、

伯爵の話では、明日の朝には芽を出すはずです。

私は期待と不安の入り混じった思春期の少年のように、

落ち着かない気持ちで腐葉土の表面をみつめていました。

 

 私がその話を伯爵から持ちかけられたのは、半年ほど前のことでした。

 

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【 raise 】育てる-1-

 私はその植物の種を、さる名のある伯爵から法外な金額で買ったのです。

彼は人けのない地下室で、ひざの上に何かを大事そうに抱きかかえていました。

それが目的の種だとすぐに分かりました。

「いいですね。これは世にも珍しいものですから、

大事に可愛がって育ててくださいよ。

そうしないと寂しがって枯れてしまいますから」

 彼が名残惜しそうに手渡したのは、

大人の握りこぶしを二つ付き合わせた程度の茶色い種でした。

 
 私は家に帰ると、出迎えた老家政婦に、

「これからしばらく膨大な文献をまとめる仕事に取り掛かることになりました。

大事な書類だから誰かに盗み見れては困るのです。 

あなたのことは信用していますが、今日からは書斎の掃除は

自分ですることにしました。今から、決してだれも部屋に入れないように、

どうかお願いしますよ」と大きな書類かばんを重たそうに持ち上げて見せました。

 家政婦がかしこまりましたと言って何時もの癖でカバンに手を伸ばしてきたので、

私は慌てて手を引きました。そのカバンには例の種が入っているのです。

「いつもあなたの働き振りには、感謝しているんです」

と笑顔で言い添えると、老家政婦はうやうやしくお辞儀をして引き下がりました。

重い荷物を持って階段を上がらずに済んだのは、

彼女にとっても喜ばしいことに違いないのです。


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えめる。

Author:えめる。
ネコの心のえめる。です。
同じ名前の人がいつの間にか
チラホラいるようなので
。を付けました

ねこ人間のプロトタイプ
品質最低で^・ω・^すまんね。
いちおう言っとくけど
永遠の22歳ニャからね。
ハートがっ。


ちなみに脳内は5才くらい
ほんとすまんね。

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