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【 choice 】選ぶ

 

 10月のその日、ぼくは塾をサボろうかどうしようか考えながら、

学校帰りの土手を自転車で走っていた。

塾に行けば、進路のことで母親と一緒に講師のジジイの前に座らされることになっていた。

でもそんな話聞かなくたって、結果はわかっているんだ。

スーツの前ボタンがはち切れそうなヒヒジジイが、

普段ぼくらには決して見せない愛想笑いを浮かべて待っている。

この前のテスト結果を見せられた母親が、かすかに息を呑み、

メガネの弦を押さえて身を乗り出す。

そしてぼくは今夜、好物のハンバーグでさえ、のどを通らなくなるだろう。

 

 さっきから遠くで子犬の吠える声が聞こえる。うるさいな、蛇でもいるのかと思いながら

声の主を探すと、河の向こう岸近くをダンボールが流れているのが見えた。

どうやら声は、そこかららしい。捨て犬だ。

ぼくはちょっとした好奇心から、箱が流されるのにあわせてゆっくりペダルをこいだ。

 捨てられた子犬はこの先、水を含んで重くなったダンボールが沈んだとき、

溺れて死ぬんだろうと思った。助けるつもりなど毛頭ない。

箱ごと河に沈んで消え去ってしまうことが、

ダンボールに子犬を入れて川面まで運んだ人の望みなんだから。

誰かが勝手に拾い上げて、捨てた人間と捨てられた子犬の絆を

変えてやるべき道理はないのだ。

ぼくには、そのみすぼらしい箱舟に載せられた小さな生き物のに対する、

単純で少し残酷な好奇心があるだけだった。

 子犬はそのうち鳴き疲れたのか、箱の中が静かになった。ここからでは中が見えない。

飼い主が最後の情けにと入れたエサでも食べているのだろうか。

それとも途方にくれた顔で流れてゆく空を、不安とともに見上げているのだろうか。

  

 少し行った先に橋が見えたので、先回りして箱が流れてくるのを待った。

途中でゴミにでもぶつかったのか、ゆっくりと回転しながらこっちに向かってくる。よし、その調子だ。

河の流れは静かで、ひばりが頻りに鳴いていた。

 やがて箱の中に茶色いものが見えてきた。子犬は箱の底で横になっているようだ。

ここから水面まで10メートルは悠にありそうで、呼吸する腹の動きは確認できなかった。

まわりに誰もいないのを確かめてから、かすれた声で呼びかけてみたが、動かない。

おい、まさかもう死んだんじゃないよな? 

箱がさらに近付いて真上から見ても、息をしているかどうかは分からなかった。

 再び自転車に飛び乗り、反対側に渡って土手から追跡を開始しようとしたが、

草むらに邪魔されて、ダンボールの流れる辺りがちょうど死角になった。

これじゃ決定的瞬間が見届けられないじゃないか。

すぐに引き返ししてさっきの橋を戻り、また土手の上から遠く様子を見ることにした。

 このままどこまでも付いていって、お前の最後を見届けてやるよ。

見捨てられたお前の最後を、ぼくが見ていてやるよ。

 小学校の横を通り掛かると、バットがボールを打つ金属的な音が耳に響いた。

 ああ、みんな何も知らず、いつもと同じ日常を生きているなあ。

ぼくだけが日常を離れ、この小さな命の最後に付き合うという、特別な時間を過ごしているんだ。

 

 しばらく行くと、また鳴き始めた。なんだ、やっぱり眠っていただけか。

何事も起こらなくてほっとしたような、それでいて何所か肩透かしを食ったような妙な気分だった。

ぼくは何を期待していたんだ……?

 

 子犬の鳴き声が烈しくなった。 

見ると、ダンボールが水を吸って茶色く変色し、少し沈んできたようだ。

いよいよだと思った。胸がドキドキしてきた。

狂おしいような、泣きだしたいような、変な気持ちだ。

水に沈むのが待ち遠しいわけじゃないが、何かが起きる予感を感じたときって、

みんなそうじゃないだろうか。

 運命。突然にその言葉が頭に浮かんだ。そう、これはあの犬の運命なんだ。

自分の力ではどうしようもないくらいに押し流されていく、運命なんだ。

死ぬしかないんだ、そういう運命……いや、違うぞ!

ぼくは大急ぎで前後を振り返ると、近いほうの橋を目指して自転車を反転させ、

思い切り足に力を込めた。

頼む、間に合ってくれ!

 

 走り出してから気が付いた。流れに乗って進んでいってしまう子犬に追いつくには、

流れの先に行ったほうが良かったんじゃないだろうか……。

さっきの校庭から歓声が上がった。「ゲームセット!」 

これは自分との賭けだ。ぼくは引き返さずそのまま走った。

橋に向かって急ブレーキを掛け、倒れた拍子にひざを擦った。

起き上がりながら流れの先に目をやったが、

そこからダンボールは見えなかった。もう沈んでしまったのかもしれない――。

とにかく走った。風を切ってのどがカラカラで、口の中で血の味がした。

 

 ぼくが追いついたとき、箱は半分以上沈んでいた。

子犬はふたの折り返し部分に前足を掛けた格好でまだ生きていた。

このまま河に飛び込んでしまおうかと考えたが、

もう水が冷たいだろうなと思い、下まで行くつもりで擁壁の斜面を駆け下り、

つまずいた拍子に飛び込むはめになった。

 

 びしょ濡れで子犬を腕に抱いたぼくの姿を見て、廊下で待つ親子たちが唖然とした顔をしていた。

 成績が廊下に張り出されている。

ぼくの名が一番目に書かれた、ぼくにとってはつまらない紙切れ……。

すぐにひそひそ話が始まった。

その中をぼくは堂々と歩き、カウンセリングルームに入った。

「遅れてすみません、先生、母さん。ぼく、公立の中学で、野球やります」

 

 その後は何だかもう大変だった。母さんはヒステリックにわめきだして最後は泣き出すし、

先生はぼくと母さんをかわるがわる見ながら意味のないなぐさめを言っていた。

 結局その日の夕食は、コンビニのお弁当になった。

ぼくは父さんに殴られたのは平気だったけど、母さんの泣き顔を見るのは辛かった。

でもハンバーグ弁当の味は最高だった。

それに、ひざの上に小さな相棒も増えたしね。

 

【おわり】

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テーマ : ショート・ストーリー
ジャンル : 小説・文学

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おへんじ。んぐたーん。

^・ω・^んにゃー。ありがとうでーす。

誰の中にでもありそうな残酷な好奇心。そんな感じでしたニャー。

ひとは悪を知っているからこそ、とことん善にもなれるのかニャ……。
悪を全くもたない心はどんなものなんだろう?
善を無視してしまう人って……?
おっと、又脳みその深みに入り込みそうなので、この辺でニャ。

起承転結を初めて意識した作品ニャ。
でも予定の結末とは全く違うものが出来上がった。
なんでーっ????ひどい脳みそ。

イイよイイよ~(T∀T)素晴らしいよ~

少し残酷な心理を描くのはとても難しいのに、ビシッと描ききってるね。
で、ホッとする後半。

大変おいしくいただきました。ブラボー(・∀・)

おへんじ。チャンさーん。

いらっはーい。天邪鬼シショー!にゃふっ。^・ω・^
チャンさんのことをこんな呼び方するニャンて。誰も出来んわね。←
まっこと畏れ多いですが、所詮ネコだからニャ。許しなされ。え?

誰でも持っている、無邪気から派生する残虐性。
ありゃぁ、なんなんでしょうね?
アリとかね。お部屋に入ってきたアリは何の後ろめたさも感じずに潰しちゃいましたけど……。

でも、命ってさ、自分の命に思いをはせたときに、初めて気がつくんじゃないかな?
野生の動物はいつも生きるか死ぬかの厳しさの中で生きているから、命を知っているのかな。
だからむやみな殺生は決してありえない。

人間は快楽を求めすぎるような脳のつくりなんだと思うのねー。
なんにでも、もっともっとの快楽を際限なく求めるのは、
脳のつくりのせいなの?個人差が大きいことでもあるでしょうね。
理性。野生の動物に理性はあるの?
あったとしたらその働くバランスは、人間とは大きく違うね。
2足歩行になったことで、人間は脳の働きをもの凄く変えてしまったってことになるね。
あれ?何の話だっけ???また際限なく脳内変換ワールドに突入しちゃうところだったニャ。

えめるは救いのないお話を書きたくはないっつーか、書けなかったのね。
これ、最初は占いのお話だったんだけど、三日掛けて書いてるうちにながーくなっちゃって、
悩んで結局この部分だけ抜き出したの。
犬は「不可抗力の死」でも良かったんだけど、なんか書いてるうちにこうなった。
わたし自身、救いを求めている。だから書くものにも何所かで救いが無いと耐えられないんだと思う。
この前のショートは、飛び降り自殺だけど、心は救われている。そういうことです。

小さな命
人間の子供は、冷徹で残虐性を秘めた部分がありますね
ひやりとする部分ですね
えめるさまも、ついに未知の世界へ
と思ったのですが
天使の心が残っていましたね(^~^)/

sidetitleこういうものですsidetitle

えめる。

Author:えめる。
ネコの心のえめる。です。
同じ名前の人がいつの間にか
チラホラいるようなので
。を付けました

ねこ人間のプロトタイプ
品質最低で^・ω・^すまんね。
いちおう言っとくけど
永遠の22歳ニャからね。
ハートがっ。


ちなみに脳内は5才くらい
ほんとすまんね。

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