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ねじばな(前)

「歩くの疲れたわ」

 不機嫌な声が、つばの広い帽子の影から流れてきた。

お前は歩くだけじゃないかと言いかけてやめた。

 視線を右に泳がせる。

空と海の青、白い砂浜、大勢の海水浴客が織り成すカラフルな色彩が、

強い太陽の光で白っぽくかすんでいる。 俺は額の汗を拭きもせず、

まるで蜃気楼のような景色を眺めながら、

単車のハンドルを押す腕に力を入れなおした。

「あ、待ってよ、もうっ」

 彼女の声がさらに尖った。


 目的地はこの小さな海水浴場を過ぎ、ずっと東に行ったところの岩場の多い海岸の地だった。

まだまだ遠いが、オーバーヒートしたバイクを修理するため、

先に見えるスタンドまで、押して歩いている。

汗で滑りそうな手の平を首にかけたタオルで拭いなおした。

体を風が吹き抜け、汗の塩分を濃くしていく。 



 少し先に小さな木造の建物があった。

大分色あせているが、あのオレンジ色の片流れ屋根には見覚えがある。

そうか、まだ残っていたのか――。

記憶の中のその店は、今でもくっきりとした陰影を帯びていた。






 その店には、一度だけ入ったことがあった。

美味しいコーヒーとケーキの店として雑誌に載っていたのを、

玲奈が見つけて此処まで来たのだった。

 確か、入って正面に見えるカウンターの後ろに

ずらっとコーヒーカップならんでいたっけ。

その奥の席で、俺は玲奈と向かい合って座ったのだ。

彼女はそれから間もなく、事故で帰らぬ人となった。 

 懐かしさと、言いようのない想いが胸に詰まって視線をさげると、
 
道ばたにヒルガオが咲いていた。
 
風にひろがる玲奈のスカートのように……。



 息苦しいほどの懐かしさから逃れたくて、

深く息を吸い込んでみたが、

熱い空気はなかなか体に馴染んでくれなかった。



「ねえ、丁度いいわ、あの店で休んでいきましょうよ」

「あ……あぁ」

 そっけない返事に、アユカは気分を害する様子もなく歩を速めた。 

 俺は疲れていた。

それは暑さとバイクのせいだけじゃない。
 
二人の間に流れる、どんよりとした、空虚な空気にうんざりしていた。

彼女も同じことを感じているのかどうかは、俺には分からない。

でも、別れの予感とは、こういうのを言うのかも知れない。

そして俺たちの旅行は、まだ始まったばかりだった。



 店の壁は元は来い茶色だったものが、海辺の潮風にさらされ

灰色がかり、記憶には無い「カキ氷」の旗が日に焼けていた。  

 そのひなびた佇まいに、ほっとした。

もし店があの頃のままだったらら、俺は店に入れただろうか。

そんな感傷的なことを思う自分が可笑しくなって、ふっと笑った。

「なに?」

 アユカが俺を見て、怪訝そうに聞いた。

「いや、なんでもない。カキ氷、食おうか」

 営業中のプレートが掛かったドアを押した。



 エアコンの冷気が頬に当たり、汗でしめったシャツがひんやりした。

店内にはそれなりに客がいるようだが、店主のほかに振り向く顔はなかった。

薄暗い店内で、かすかなコーヒーの香りが漂っている。

静けさが売り物だった当時と、なんら変わったところは無いようだ。

またあの胸を指す懐かしさが込み上げてきた。


空いたテーブルが無かったので、カウンターに座るとすぐ、

店主が黙ってメニューを差し出した。

店主とウエイトレスが一人。

変わってないなあと思った。店主のあごひげも、変わっていない。

きれいに並んだカップまでもが、あの日と同じ配列かもしれないと思った。

たった一度の店なのに、何故こんなにも一つひとつが懐かしく、

はっきりと思い出せるのか不思議だった。

玲音との思い出が綺麗すぎるせいなのか。

俺はいつしか胸の痛みを忘れ、あのときのような居心地の良さを感じていた。


(つづく)
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非公開コメント

>>チャンさーん

死んだ人の想い出は、きっときれいに残りすぎるんでしょうね。
想像すると分かるね。
人の死自体が、浪漫を含んでいると思うのです。
なくなった後の世界への空想。生前の人生の想像、創造。

彼はそろそろ気がつかなくっちゃいけないんだけど。
ロマンチックなものに惹かれやすい、逃れられない人もきっといるわけです。

No title

昔の彼女は死んじゃって
過去の記憶と現在のオーバーラップ。
過去に惹かれたら、今が空虚に…。
感じよく分かります。 うんうんm(_ _)m
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えめる。

Author:えめる。
ネコの心のえめる。です。
同じ名前の人がいつの間にか
チラホラいるようなので
。を付けました

ねこ人間のプロトタイプ
品質最低で^・ω・^すまんね。
いちおう言っとくけど
永遠の22歳ニャからね。
ハートがっ。


ちなみに脳内は5才くらい
ほんとすまんね。

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