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ねじばな(後)

 アユカはカキ氷をひとすくい食べると、

「んー、生き返るー」

 彼女の声はよく響く。店内の人が振り向いたような気がした。

玲音は店で大声なんか出さなかった――。

「おい、声が大きい」

「あっゴメン、地声だから……」

「いや……いいんだ」

 俺のほうこそ、アユカに誤りたい気持ちだった。

アユカと付き合いだしてからずっと、俺は無意識に、

彼女と玲音と比べてしまうのだ。



 アユカは物事にこだわらない、はっきりした女性だ。

性格も見た目も、気取ったところが無いので、同性からも好かれている。

同じフロアで働きながら、 そんな彼女に自然と引かれたのだけれど、

玲音への想いを断ち切りたいという想いが

全く違うタイプのアユカに向かわせたのかもしれない。
 
 しかし、彼女の気さくな態度と明るさは、時として無神経に感じることがあり、

そんなとき俺は、玲音を思い出してしまうのだった。



「ちょっと行ってくるね」

 アユカが化粧室に立った。
 
彼女の後姿が視界から消えると同時に、アイリスの香りを感じた。

すぐに振り返ったが誰もいない。

それは玲音と同じ匂いだった。



*  



 誰かの香水が、空気の流れにのって流れてきたのだろう。

どんな人かと斜めに体をずらしたがよく見えない。

どうしても知りたくなった俺はカウンター席から立ち上がり、

化粧室とは反対に向かって、ゆっくり歩き出した。

 客達は薄明かりの中で、時間の流れが滞ったように、

緩慢なときを過ごしている。

そのままトイレを探す振りをして、店内を一周してみようと思った。




 いくつかのテーブルを通り過ぎ、突き当たりを右に折れたとき、

かすかにアイリスが匂った。

あたりの空気が色濃くなって、音が途絶えた。

俺は匂いに導かれるようにして歩き、そして立ち止まった。

ここだ。あの日、玲音と座った席だ。 



 俺の心臓の鼓動だけが聞こえる。

身体はまるで氷のように冷たかった。

すぐそばに、女性の横顔があった。

玲音に似ている――。

その顔がゆっくりと降り向き、唇が、俺の名を呼んだ。



 気がつくと、俺は玲音と向かい合わせに座っていた。

玲音が何か言ったが、心臓の音が邪魔してうまく聞き取れなかった。

俺は焦った。

「玲音、もう一度言ってくれ」

 しかし彼女は微笑んだだけだった。

そして俺があの日渡した婚約指輪をはずして、

俺の手に乗せた。別れを、俺達の終わりを告げに来たというのか。

「だめだ……玲音、待ってくれ!」

 言い終わったときには、もう彼女の姿は消えていた。

すぐに店内の穏やかな空気が戻ってきた。

おれは夢から覚めたような気分で、辺りを見回した。



 右手が小石のようなものを握っているのに気がついた。

形を確かめるように強く握った。さっきの指輪に違いない。

信じられないような、期待するような気持ちで、そっと手を開いてみた。

そこに指輪は無かった。ただ、手の平に爪とは違う硬いものの痕が

くっきりと赤くなって残っていた。

不思議なことに、悲しいという気持ちはなく、

これでよかったのだと思った。





 「いい感じのお店だったわね」

 アユカが俺の顔を覗き込んできた。

そうだ、俺はこの笑顔に惚れたんだったな。


「どうしたの? なんかさっきからボーっとしちゃって、変な人」

「なんでもない」

俺はつないだ右手を、強く握りなおした。

「さあ、行きましょう。今度は私が押していくから」

「無理するなよ、暑いし、バイクは重いぞ」

「あら、順番こよ。でも、ちょっと後ろから押してくれると、助かるけど」

 そういうと彼女は俺の手からすり抜け、無骨なハンドルを握った。


 アユカには、まだまだ俺の知らない素敵なものがたくさんつまっていそうだ。

 手の平の赤い痕はまだ残っているが、すぐに消えてしまうだろう。




 足下に、ねじ花が咲いていた。

俺たちはこの花のように捻じれ絡みながら、

離れられない一つの固まりとなって、

この先もずっと生きていくのかもしれないと思った。



(終わり)

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ジャンル : 小説・文学

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Re: クメゼミ塾長さんへ

おおー。チャンさーん^・▽・^どもですっ。
ご心配お掛けしちゃって、ごめんなさい。
ちょっと締め切ってお休みしてたけどね、ぬくい絨毯の上であったまってるよ。
冬眠はネコは出来ないようなので、また出てまいりましたー。
気まぐれネコのお喋るお部屋、すきなんです~^^

でも、何でチャンさんのコメント、秘密じゃないのに表示されないのかな?
ちょっと調べてみるね。

ご挨拶

お元気ですか??
PW方式で 実質閉鎖されていましたが
大丈夫ですか??
勝手にコメント入れましたが…いいのかなあ。
どうされていたのか、気がかりで何回も覗きましたよ。
今クリックしたら、中に入れたのでビックリです
おねこさん 元気なら何よりです(^O^)v

>>いき♂さーん

いらっさーい^^

最初のほうでなんか違う花を出しちゃって、まずいいなと思ってるんだけど、
跡で適当に直そうと思いながらそのままでした。

はい、ねじ花のねじねじ加減から思いついたお話。うそ。
どうやってねじねじの話にしようか分からないまま書き始めたのは何時ものとおり。
でも最後にやっつけでまとまったなって思いました、たは。

にゃ、にゃんですとーっ! りくえすとぉーーーーはうはうはうっ!
すぐにいきますっ。

No title

おお! なるほど、だからねじ花なのか。
苦い経験も全部ひっくるめて、優しい風に包まれているような心地よい文章でしたよん^^

あ、えめるんのキリリク、本日載せるよー♪(いまさら

>>チャンさーん

> ネジ花はあっしのことで (笑)
>
> 夢を見ていたのかな?
> 彼女はホントはいたのかも。
> 薫りが残っていたから。
> でも、似た香りがすると、イメージが膨らんで、夢想するよね。
> 分かるなあ〃(^∀^〃)¢
> 新しい彼女のことも、まだ未知数だから、これからなのかもね。


ねじ花のような? 天邪鬼シショーだもんね、チャンさんは^^

夢のような、まぼろしのような、幽霊だったも?^^
匂いは記憶の脳みそとダイレクトにつながる本能的なもの。
あ。そか-。いい匂いの人は素敵な人ってイメージがあるんだけど、
これ、単なるイメージだけじゃなくってさ、
脳みそダイレクトの感じ方なのよね。
んじゃえめるも、いい匂いの香水つけなくっちゃだニャー。
でもさ。香水苦手なのよね。いい匂い大好きなんだけど、
自分がつけていていい気分になれるのってなかなかないんですけど?
お子ちゃまネコダカラ。こころが。

>>彼岸花さーん

読みやすいと言っていただき嬉しいです。
読みやすさは私の中で、基本中の基本だからです。

私が最近になって遠藤周作の本にはまったのは、
彼の書く内容が、すんなりと頭に入ってくるからです。
文章は言い足りないところも、余分な言葉もなく、見事だからです。
内容は言うに及ばず。
意味を取るために読み返す必要がないって、幸せ^^
これが大事。私、めんどくさがりだから……;;;;;

そして彼の文章には、色気がありますね。
人間的な魅力と言い換えてもいいけど、それが言葉に表れている。
あんな文章書けたら、いいな。
好きな作家は他にもいるけど、遠藤先生がダントツの今です。うしし。

あれ? なんかお返事じゃなくなっちった(笑)

No title

ネジ花はあっしのことで (笑)

夢を見ていたのかな?
彼女はホントはいたのかも。
薫りが残っていたから。
でも、似た香りがすると、イメージが膨らんで、夢想するよね。
分かるなあ〃(^∀^〃)¢
新しい彼女のことも、まだ未知数だから、これからなのかもね。

No title

すてきなお話ですね。
二人のひとを同時に愛せるものだろうか、などと、
恋に疎い私は思ってしまうけれど、タイプの違う女性には(男性には)
心惹かれるものなのかもしれませんね。
アユカさんは、明るくてまだ疑いを知らない。そこが魅力ですね。
彼女が、彼の過去の恋を知ることがありませんように…。

えめるさん。どんどん書くといいと思います。
とっても読みやすくて感情移入しやすかったです。
すうっとお話の中に入っていけました。

ネジバナ…そう。ひとのこころのように、乱れて
よじれて。でもいじらしいですね。
sidetitleこういうものですsidetitle

えめる。

Author:えめる。
ネコの心のえめる。です。
同じ名前の人がいつの間にか
チラホラいるようなので
。を付けました

ねこ人間のプロトタイプ
品質最低で^・ω・^すまんね。
いちおう言っとくけど
永遠の22歳ニャからね。
ハートがっ。


ちなみに脳内は5才くらい
ほんとすまんね。

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