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兄さん

***

 僕には2つ違いの兄さんがいた。

兄さんは頭が良く、人望も厚かった。僕に対しても何かと面倒を見てくれて、

僕はそれが嬉しかった。兄さんを心から尊敬していたのだ。

だから頑張って同じ大学に入ったし、サークルも既に決めてあった。

兄さんのいる山岳部だった。

「こいつ、俺の弟なんだ。良く似てるだろ。よろしく頼むよ」

みんなから温かく迎えられて僕は、そのとき何をしゃべったか思いだせないけど、

部室の薄暗い中で兄さんの周りがひときわ明るく輝き、

自分も兄さんが作り出す光の中にいられて幸せだったのを覚えている。

僕は兄さんの後ろ姿を追いかけながら、輝きをおすそ分けしてもらっている、そんな感じだった。
 

 しかし兄さんはその年の雪山登山で

僕たち部員の目の前から一瞬で消え去ってしまった。

安全そうに見える平らな場所の雪の下に、深く切り立ったクレバスが隠されていたのだ。

レスキュー隊による懸命の捜索も虚しく、遺体はとうとうみつからなかった。

長く尾を引く兄さんの声が、そのあとしばらく耳について離れなかった。



「あの出来事から、もう5年ね」

 ぶ厚いコートのフードの中から、彼女がしみじみとしたようにつぶやく。

僕はその冷たい手を握り、自分のコートのポケットに押し込んだ。

 彼女は兄さんの恋人だった。そして今は僕の婚約者。

共通の大切な存在を失った僕たちは、

互いを慰めあう気持ちから、いつしかそれ以上の感情を持つようになった。

世間では良くある話だろう。

「兄さん。僕たちの結婚を、許してくれよな」

「怒ってなんか、いないわよね」

 墓前で手を合わせた。先ほどから降り始めた雪が目の前をちらちら掠めていく。

兄さんはどう思っているのだろう。辺りは静かで、何の音も聞こえてこない。

「なんだかあの頃のことがみんな、夢のようだな。

兄さんがいて僕がいた……何だか幸せな夢を見ていたようだ」

「あら、今は幸せじゃないって言うの?」

 彼女が体を寄せる。拗ねた口調だったが、目は笑っていた。

「ごめん、そういう意味じゃないんだ。もちろん、今はとても幸せだよ。

こうして君と一緒にいられる」

僕はポケットの中の手に力を込め、やわらかい彼女の手の感触を確かめた。



「今でもときどき、兄さんが僕のことを何所かで見守ってくれていると思うときがあるよ」

「えぇ。きっと、そうね」

 供えた花びらに、うっすら雪が残り始めた。

「さあ、帰ろう」

 そう言って車に戻りながら、僕は考える。今歩いている身体は、

本当に僕なんだろうか。兄さんを慕って、後姿を追いかけてばかりいた、

あの頃の僕と同じなんだろうか。

この心は、本当に僕自身なんだろうか。兄さんに頼ってばかりいたあの頃の僕と、

同じ心なんだろうか。

もしかしたら兄さんが、僕の中にたましいを残して生きているんじゃないだろうか。


 墓前で結婚の報告をして間もなく、

兄さんと同じところにほくろが出来ていることに気がついた。

確かに以前はなかったところに、気がついたら出来ていたのだ。

彼女を抱くとき、なぜか自分じゃないような気がするときがある。

僕の体が2重になっているような変な感じだ。

その感覚が、さいきん日増しに強くなってきていた。

もう5年も立っているのに、なぜ今になって……

 やはり、兄さんは僕の中で、まだ生き続けている、そんな考えが

大きくなってくる。自分でも可笑しいと思うのだが、感じ取ってしまうのは仕方ない。

 兄さんは死んだ後も、彼女のことをまだ愛しているのだろうか。

僕に任せておくのが心配になったんだろうか。

出来の悪い弟が、大きな過ちを犯さないようにと、

僕の後ろで監視することに決めたというのだろうか。

 僕はその考えを振り払うべく、大きく背伸びをして両腕を振り回した。

「ねぇ、そのくせ、お兄さんソックリね」
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ジャンル : 小説・文学

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えめる。

Author:えめる。
ネコの心のえめる。です。
同じ名前の人がいつの間にか
チラホラいるようなので
。を付けました

ねこ人間のプロトタイプ
品質最低で^・ω・^すまんね。
いちおう言っとくけど
永遠の22歳ニャからね。
ハートがっ。


ちなみに脳内は5才くらい
ほんとすまんね。

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