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NARCISSUS -スイセン-続

 ***

 その三面鏡は、去年ヨーロッパのロケ先で買ってきたものだった。

骨董屋の奥で、ひっそりと埃をかぶっていたのをみたとき、

運命的な出会いを感じたといったら大げさだろうか。

店主がハンカチで埃を払うと、

細部まで施された水仙の花のレルーフが浮かび上がった。

かなりの年代物らしいが、かつての持ち主から大事に扱われていたらしく、

つややかな表面に傷ひとつ見当たらない。

引き出しにはおそろいの手鏡が入っていた。


大きな鏡を開くと、そこが暗い部屋にもかかわらず鏡に映った景色は意外に明るく、

温度さえ違っているようで、そこに映った私は生き生きと見えた。




私はそれがほしくてたまらなくなってしまった。

店主が何か説明していたが、私は鏡を覗き込むことに夢中で、

彼の流暢な英語は私の耳を通り過ぎていった。

手持ちがなかったので金額をメモに書いてもらい、

次の日現金を持ってもう一度その店に足を運んだ。

出迎えた店主に三面鏡を指差しながらお金を差し出すと、店主は驚いた顔をした。

ああ、こういう店では値切るのが当たり前だったと思い当たったところで、

今さら出したものを引っ込めにくく、そのまま送料込みということになった。

そして今はこうして、私の部屋にあるというわけだ。


それが今では、安い買い物だったと思えるようになった。


毎日、この鏡を覗かずにはいられなかった。

泊りがけの仕事の時には、必ず手鏡を持っていった。

毎日この鏡の前でセリフの練習をしているが、

不思議なことに、どんな長いセリフも一度声に出して読むだけで、

完璧に覚えられたし、演技も、これ以上ないと言うくらい自然にできたのだ。


私は、他の人の役も全て、鏡の前でやってみた。

どの人物も、生き生きとしてまさにそこに存在しているかのように動き回った。

これが、私の本当の力か。

いいえ、この鏡こそ、私の力量を引き出してくれる魔法の鏡なのだ。




「最近のリコちゃんは、なんか輝きが増したね。

演技しているっていうより、その役本人がそこに立って喋っているとでも言えばいいのかな。

とにかく、一皮むけた感じだよ」

私はその年の映画賞を独り占めだった。



「では明日、ちょうど12時にお伺いします、ゆっくりお休みください」

「ありがとう、お疲れ様」


マネージャーが帰ったあと、私は部屋を移り、鏡の前に座った。

私のほかに、誰も鏡の存在を知らない。

居るとすれば、あの店主、そして過去の持ち主だけ。

でも、彼らがこの鏡の不思議な力に気が付いていたかどうかは分からない。

もし気が付いていたならば、

この素晴らしい鏡を骨董屋に預けたり、素性も分からぬ東洋の小娘に

売りはしないだろう。



左右に開くと、私だけの舞台が広がった。

小さなフロアーライトだけでも、鏡の中は充分に明るい。

この分厚いガラスには、周りの光を集める作用があるのだろう。

台本を開き、セリフを読み始めた。

今日はいつもより、長い詞回しが多いわね――

ここではどんな表情がいいかしら、見る人が共感できる、そのもう一歩先の感情まで

手を伸ばして、魂を揺さぶるような――


表情をもっとよく確かめようと、身を乗り出した。

一瞬目の前が揺らいだような気がした。

地震かしら――

時間を確かめると、夜中の2時を少し周っていた。

違うわ、世界が溶け出したのよ――

私の声が聞こえた。どういうこと?

それからすぐに全身の力が抜けて、

体がぐるりと回転したような感覚と共に、世界が白く変わった――




私は目を覚ました。

部屋中に光が溢れていた。

こんなに眩しい場所に出たのは、いつ以来だろう。

最初は確か、1608年だった。貴族の娘カーネリアンの人生は、

その次の富豪の愛人のときほどは面白くなかったけれど。

他にも裕福な女たち何人かの人生を私は乗っ取った。

この娘の人生は、さて。これからどう演じていこうかしら。


頬にセーターの網目のあとが残っているわ。

あとでシャワーを浴びて、消しておかなくちゃ。


鏡に映った姿に微笑みかけてみた。

いい笑顔ね。お上手。

ごめんなさいね。しばらくの間、この体お借りするわよ。

安心して。私が全部上手くやっておいて上げるから。

あなたのことは、良く分かっているわ。

どんな風に喋るのか、どういう声で笑うのか、

私は毎日あなたから教わってきたんですもの。

そして私は、あなたよりずっと上手く演じることが出来るわ。

いつかは分からないけれど、飽きたらちゃんと返すわよ。

それまで、さようなら。

ほら、マネージャーがチャイムを鳴らしているわ。

私、ベッドに入って寝た振りをしなくちゃ。

三面鏡を閉じて、カバーをかけた。


*** 
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ジャンル : 小説・文学

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非公開コメント

>>クメゼミ塾長さまー

なんかねー。
全然違うお話になっちったのですー。
しかもねー。
タイトルもね、これじゃないのにするはずが、うっかりなのですー。
,、'`,、 (´∀`) ,、'`,、

物にも魂が入るってありそうですねー。良く聞く呪いの宝石とかねー。
えめる、物持ちいいんだよなー。
でも、こういう価値あるモノは持ってないから安心ニャー。

nannto!?
あ~っ、ビックリして変換ミスにm(_ _)m

可愛い頑張りやさんの物語りが、
最後にどんでん返しの怖い話しに(;~∧~;)ヾ
鏡の中に住む魔女でしょうか!?
どれだけ生きたのでしょうね。
400年!?
もっと??

えめるさまの、新境地でしょうか?
sidetitleこういうものですsidetitle

えめる。

Author:えめる。
ネコの心のえめる。です。
同じ名前の人がいつの間にか
チラホラいるようなので
。を付けました

ねこ人間のプロトタイプ
品質最低で^・ω・^すまんね。
いちおう言っとくけど
永遠の22歳ニャからね。
ハートがっ。


ちなみに脳内は5才くらい
ほんとすまんね。

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